鳥リスペクトのヒトになった私の、ひよことの出会い

「鳥リスペクト」の原点を象徴するイラスト。卵の傍らで眠る天使のような人物が、命の温もりと共生を表現している。作者による手描きのアートワーク。 animal

私がなぜ、人間よりも鳥という生き物に対して深い敬意(リスペクト)を抱くようになったのか。その背景を辿ると、幼少期のいくつかの経験に行き当たります。

夜店で出会ったひよことの生活、その突然の終わり、そして親が作った鶏小屋。それらの出来事は、当時の私にとって非常に合理的で、かつ決定的な原体験となりました。今の自分を構成している「鳥との関係性」の原点を、客観的に振り返ってみようと思います。

「卵」という口実と、鳥への純粋な関心

子供の頃、夜店でひよこが売られていた時代、お祭りのある日、夜店ではいろいろなお店が並んでいました。わたしは、そこで 親にひよこが欲しいとお願いしました。動機は、「かわいい」もあったとおもうけれど、一番の動機は、卵を生む生き物なら、親は飼っていいよと言ってくれるかもしれないと思ったからだったように思います。別に、過去、犬が欲しいと言ってだめといわれたことがあったわけではありませんでした。もうすでに、祖父が犬を飼っていたから実家には犬がはじめからいました。猫は父がきらいでした。

ひよこはにわとりになる。ご飯もそんなに費用がかからない。その上、雌鶏なら卵を産むし、雄鶏でも、鶏糞が肥料になる。小学生だった私は、親を説得させるために、そんな考え、説得文を導きだしていました。

自分の中では、鳥の姿に魅了されていたのが一番だったのだと思います。わたしのまわりの子たちの家は昔からの農家の家も多くて、中庭に鶏がいる家もあり、飼料をまけば、かけよって地面をつついている姿が可愛らしく感じていました。

飼育の日常と、一羽のひよことの別れ

夜店のそのひよこを一羽連れて帰りました。

ふわふわの羽毛、小さなぴよぴよした声、なにより、私のあとを小さな足で走ってついてきてくれる姿。雌鶏がひよこを世話するように、わたしは、ひよこを温めて、飼料や青菜をあげて、しじみ汁のシジミを洗って砕いてあげて大切にお世話していました。

けれど、あるとき、祖父が飼っていた捨て犬だったメスの犬の子供のオス犬にひよこをたべられてしまいました。

わたしは、とてもショックで、自分の一瞬でも目を離したことをひどく後悔し、それと、犬を放し飼いにしていたのも当時はあたりまえだったけれど、そんなのもダメだったのだと思い、親に苦情をいい訴えました。

夜店のひよこは、今振り返ると、たぶん孵化場でオスメス仕分けられたあとのオスのひよこだったんだと思うけれど、成鶏になっても別に卵を産まなくてもかまわなかった。姿をみれば駆け寄ってくるかけがえのない友達を、私は失ってしまいました。

私は悲しみにくれて過ごしていたけれど、なぜかいつのまにか鶏小屋を父が作ってくれていて、にわとりが鶏小屋に5、6羽おさまっていました。

あとから親からきいたはなしでは、わたしがあまりにも悲嘆していたので、知り合いの農家から有精卵をゆずってもらって孵化させてニワトリにしてくれていたのでした。

わたしの記憶のなかでは、夜店で数羽買ってもらったひよこがその鶏小屋にいたんだと思っていました。

わたしの悲嘆具合が半端なかったのかもしれません。

わたしはあまり、おニンゲンさんの友達を欲しいと思う子供ではありませんでした。そんな私を親が心配して、近所の子供のところに連れて行ったりしていたくらいでした。

この点は、たぶん、わたしが2歳ごろに姉と遊んでいて、ストーブの上のやかんを倒してしまい、全身やけどを負ったことが少なからず関係していることだと思います。

このお話しはまた追々お話ししようと思っています。

居場所としての「飼育小屋」

結局、小学生になっても、友達を積極的に作る子供ではなかったわたしは、業間放課のときに、先生から児童は外で遊べと、インドアな子供も校庭に放り出されるのだけれど、そんな時は、きまって、わたしは、校庭の片隅の飼育小屋に通っていました。

大きな飼育小屋にいたのは、2つのエリアに仕切られた場所に、アヒルと鶏、しきりを隔て、うさぎがいました。

こどもたちに人気だったのは、やはりふわふわのぬいぐるみのようなドワーフうさぎでした。デーンとねそべる大きなうさぎもいました。

飼育係の当番のときは、飼育小屋をきれいに掃除をする任務につくのですが、わたしは、うさぎのフンの臭さが苦手でした。

たぶん、アヒルもにわとりも、掃除がまめにされてなければ、おなじようにフンは臭うのだけれど、なぜか、自分が世話していた体験があったからか、きれいにしていれば臭わないのに(怒)という気持ちで積極的に掃除していました。

そして、アヒルともにわとりともお友達になっていました。

まとめ

これらの経験が、私の原体験のようなものになっていると思います。

私にとって単なる「動物愛護」ではなく、一つの「共生」の形を学ぶプロセスだったようにも思います。

人間関係に一定の距離を置いていた子供時代の私にとって、鳥たちは最も信頼のおけるパートナーでした。彼らの自立した美しさや、世話を通じた静かな交流。その積み重ねが、現在の私の「鳥リスペクト」という価値観の根底に流れているのだと思います。

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